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宇宙人YMO
YMOの4枚目のアルバム『X∞増殖』は、わりと短期間で作られたものだったということでしたが、1980年の頃、メンバー3人はとても忙しかったみたいですね。そういう時間的な背景で『X∞増殖』は、音的な練り方はあまり出来なくって、企画もの(他のものとのブッキング等)としての練り方を重視したのかもですね。因みに、他のアルバムは、ちょっとちゃんと調べてないですけど、数ヶ月ぐらいのレコーディング期間を設けてたみたいですね。
4月に国内ツアーが終わって、ある「事件」があって^^;、6月5日に『X∞増殖』が出てから、4ヶ月ほど後に、第2回のワールドツアーがあったんですよね。約1ヶ月間かけて欧米を回って、最後に東京で公演したそうですね。その間にも、YMO以外の音楽の仕事もあったんでしょうね。『X∞増殖』発売前の6月2日には、フジテレビの「夜のヒットスタジオ」でテレビ初出演したそうですよ。その年だったか、私もテレビでYMOを見た記憶があります。確か、第2回のワールドツアーの時だったと思いますが、ロサンゼルスからの衛星中継ライブだったか、武道館でのライブだったか忘れましたけども、リアルタイムで見たような記憶があります。その頃は、すでにライブ・アルバムの『パブリック・プレッシャー』は発売されてたんですけど、ライブの音を聴いたのは、これがはじめてでした。でも、その時の「音」の記憶はないんですよね^^;。ステージのパネルが綺麗だった…という映像の記憶だけがあります。
そのステージのパネルなんですけど、カラフルな光を放つもので、フロアとステージ奥の背景として配置してありました。パネルの光が点いたり、消えたり、色が変わったりして、様々な模様を作っていたような…。確か、フロアはひな壇みたいに、奥が一段高くなっていて、サポートメンバーがそこで演奏していました。
ちょっと記憶が定かではないんですけど、吉村真理さん(?)だったか…無人のコンサート会場で中ほどの席に座って、YMOのメンバーにインタビューをしていたのを記憶しています(席の色があずき色だったような…^^;)。細野さんだけが対話をし、他の2人は口ぱくで喋っていたんですよね。それを細野さんが翻訳して吉村さんに伝えるというようなことをしていました。その頃、宇宙人的な印象をYMOに持っていたので「この人たちは、宇宙語を喋っていて、それを細野さんが翻訳しているんだぁ〜」って勝手に想像してた記憶があります^^;
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